大学を出たまるおは、㈱東急ホテルチェーンに就職し、銀座東急ホテルに配属となった。ビアガーデン、宴会・婚礼サービスを経験して、宴会オフィス勤務となったが、ここはホテルの中では最もエリートが勤務する場であった。
ホテルは高卒、専門学校卒が主流で大卒は非常に少ない。大抵はフロント勤務になる場合が多いが、中でもちょっとできる大卒は宴会に配属される。なぜかというと、フロント業務は定価が決まっていて、そこからいくらディスカウントするかという仕事だが、宴会はその宴会場が室料だけの◯万円になるか何百万になるかそのクラークに手腕にかかっているからなのである。
企業の一般宴会も受け付けるが、なんといっても婚礼はドル箱である。銀座東急ホテル史上最高ではないかという売上は、私が受けた80名で1200万円というものであった。一番高い料理に、高額な引き出物、写真20カットを全員につけるというものであった。上司や先輩から心配されたが、無事とり行うことができた。
婚礼には無事でないものも結構ある。私の担当ではなかったが、ある披露宴では当日新郎が来なかった事がある。何かあったのでは?と警察も来ての大騒動となった。披露宴の時間が来て列席者は全て揃い、新婦もウエディングドレスに着替えていたが、とうとう新郎は来ず、新婦の涙の挨拶の後、しめやかにお通夜のような食事会となった。後日聞いたところ、新郎は結婚が嫌で逃げたらしい。
今でも忘れられない事がある。ある日のこと、宴会オフィスの電話がなり私がとった。
まるお「銀座東急ホテル宴会オフィスでございます」
相手「私は新郎の母親ですが、披露宴でテープをかけてほしいのです」
まるお「かしこまりました。どのようなテープでしょうか?」
相手「私からのメッセージです」
まるお「進行にかかわりますので、ご新郎とお話されたほうがいいかと思いますが……」
相手「内緒でかけてほしいのです」
まるお「私の一存で内緒でかけることはできませんが……」
相手「(泣きながら)実は私は離婚した実の母親で、この披露宴には呼ばれていないのです」
まるお「それでは尚の事私の一存でテープをかけるわけにはいかないのです」
相手「(号泣して)どうしてもだめでしょうか?私の気持ちを息子に伝えたいのです」
まるお「お気持ちは察しますが、申し訳ありません」
もしも、このテープを新郎新婦に黙ってかけていたらどうなったんだろうか。幸せな披露宴がとんでもない修羅場と化しただろうし、私は即座にクビになっていたに違いない。
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