北陸の酒の傾向は少々個性的である。富山の酒は全国的に見て日本一といっていいくらい超淡麗辛口の酒である。これは富山が新鮮な魚介類が豊富に穫れるため、酒もさっぱりしたものが合うからだと言われている。最近は富山での仕事が多く、富山県の方とお話する機会が多いが、酒の好みの話になるとやはり淡麗辛口が好きなようで、愛知県以西の西日本にありがちな濃醇な酒は苦手だという。対して隣の石川県は日本有数の濃醇旨口な酒を醸す蔵が多い。石川県も新鮮な魚介類が豊富に穫れるはずだが、これはどういうことか。かつて石川県の能登地方は、冬になると雪で閉ざされ、陸の孤島になったという。冬の間は漁業も農業もできず、保存食中心の食生活で、塩や味噌などに漬け込んだものが多く、味が濃いことから、お酒も古来より濃醇なものが好まれたらしい。
伝説の能登杜氏である農口尚彦氏(87才)は、戦後三重県や静岡県で酒造りの修行をしたのち、白山市にある菊姫の杜氏となった。就任当初、東海地区で学んだ醸造方法で造っていたが、酒質が軽くて売れゆきはあまり芳しくなかった。そこで、丹波杜氏に師事し、山廃仕込みを会得する。山廃仕込みは生もと系酒母といわれ、乳酸菌を自然に作り出すことからコクのあるどっしりした酒質の酒になりやすい。農口杜氏が石川県に山廃仕込みをもたらし、県内に広めたのである。
農口杜氏が山廃仕込みを導入するずっと前から石川県の酒は濃い酒であったが、それは一般の民衆の酒の話であり、お城の中では少し違ったのではないかと私は思っている。金沢は加賀百万石の国である。前田利家公が天正九年(1581年)に、織田信長から能登の国を与えられ、尾張から移り大名となった。その際、尾張の酒蔵を一軒連れてきている。その酒蔵が今も残っていることはあまり知られていない。金沢市内にある『やちや酒造(加賀鶴)』は天正十一年(1583年)、創始者「神谷内屋 仁右衛門(かみやちや じんうえもん)」が、殿様専用の酒造りをするために利家公のお供をして尾張の国から移住した。
加賀藩は、代々、舟木伝内を料理長として、江戸や京都のなどの洗練された料理を城内で執り行われる宴の本膳料理に取り入れてきた。そのため、お城の中では大衆が呑んでいたような濃い酒ではなく、ずっと洗練されたすっきりした味わいの酒ではなかっただろうかと想像される。私が今回金沢を訪れたのは、このやちや酒造の社長に呼ばれてのことである。社長が、「まるおくん、山廃やったほうがいいと思う?」と訊いてきたので、「山廃は最近の造り方ですし、利家公のお抱え蔵として、お酒は洗練されていたほうがいいと思います。山廃は絶対つくらないでほしいです」とお願いした。ありがたいことに、その後もこの蔵では一切山廃仕込みは造っていない。
金沢に来たものの食事のことはあまり考えておらず、人気の割烹や金沢おでんにトライしようと思ったが満席でどこも入れない。困りはてながらフラフラ歩いていたら、『ワインと分厚いステーキの店』という看板に出会った。片町に『アイリッシュパブ 倫敦屋酒場(ロンドンヤバー)』というお店がある。見るからに英国チックな一軒家は、一階がバーで二階がステーキの店になっている。かっこいい英国紳士風の老齢のマスターが出迎えてくれた。和牛熟成肉Tボーンステーキ800グラムを注文して、ワシワシ食べながら赤ワインを1本あける。食後におすすめのウイスキーをオーナーの軽快なトークのもと何杯か呑んだら、お会計が4万円くらいになってしまった。おでんならその10分の1だっただろうに。
ここ数年熟成肉が流行っているが、実のところ本来は和牛にするものではない。輸入牛の固さを和らげ、旨味を加えるために熟成させるものなのである。従って、和牛を熟成させてしまうと、柔らかくなりすぎてしまったり、旨味が出すぎたりして獣臭くなってしまう場合がある。
牛肉は、和牛、乳用牛、交雑牛の三種に分けられる。和牛は、黒毛が98%、残りわずか2%が褐毛(熊本、高知)、日本短角(青森、岩手)、無角(山口)になる。乳用牛はホルスタインのことで、メスは牛乳用であるが、オスは肉になる。ただし、産み分けにより元々オスは少ない。交雑牛は、乳用種のメスに和牛の種をつけたものである。よく最高級の肉のことをA5というが、『A』は歩留等級のことで、AからCまであり、『5』は肉質等級で2等級から5等級まである。なぜか1等級というのは存在しない。また、あまり知られてないが、この肉質等級は2等級から5等級までを12ランクに分けており、最高の5等級と言ってもNo.12まである。
いまやどこの地域にもブランド牛が存在する。有名どころの両巨塔はやはり松阪牛と神戸牛である。松阪牛と神戸牛、あなたはどちらが格上だと思うだろうか?異論はあるかもしれないが、それぞれのブランド規定で判別することができる。神戸牛は、肉質等級4等級No.6以上(4等はNo.5から存在する)か、5等級しか名乗ることができない。それ以下は但馬牛と呼ばれる。一方、松阪牛にはこのような等級の制限はない。そういう面からいえば、神戸牛のほうが総じて肉質が上といえる。また、この地域で多く見られる飛騨牛はさらに規制がゆるやかで、岐阜県内全域で4ヶ月以上飼育されたAかB3等級以上ならば名乗れるので、もはや飛騨地方とは全く関係ない。
さて、やはり金沢でも温泉である。金沢市内には温泉の共同浴場がいくつかあり、たいていは黒湯である。黒湯とは、お湯の色が黒色・黒褐色をした温泉で、木の葉やワカメなどの海藻や植物が腐敗した『有機物フミン酸』が溶け込んだお湯である。モール泉ともいう。金沢や富山などの北陸以外にも全国各地にあり、北海道・青森、東京・神奈川などにも多くある。石引温泉亀の湯と、みろく温泉元湯をはしご温泉する。どちらもナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉の上、弱アルカリ性なので完全に美肌の湯なのに、メタケイ酸も多いのでつるつる美肌になってしまう。いやん、どうしようかしら。
結局帰りはどうしても金沢おでんが食べたくなり、金沢駅で食べて帰名する。
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