昨日から冷やしておいたシャンパーニュとプラスチックのワイングラスを保冷バッグに入れる。お気に入りのパン屋さん『ル・シュプレーム(JR名古屋高島屋)』でパテ・ド・カンパーニュのサンドイッチを買い新幹線に乗り込む。発車と同時にシャンパーニュを抜栓し、私の酒呑みの旅が始まるのである。
浅草は一日中楽しめる街だ。しかも酒呑みに滅法優しい。伝法院通りの『大黒屋天麩羅本店(浅草1-38-10)』にはいつも長蛇の列ができている。本店が混んでいれば、すぐ近くに別館があるから迷わずそっちに行けば良い。味の違いはない。天丼は頼めばすぐに出てくるが、それでは酒呑みとしての浅草スタートは失格だ。まず、生ビールと東京べったら漬けを注文する。東京べったら漬けは、名古屋ではよく薄くぺらぺらに切られたのが出てくることが多いが、この店のように分厚く切っていなければ旨くはない。東京べったらは外側がふんわり柔らかいので、ある程度厚く切らないとポリッという噛みごたえがない。噛んだ時に音と共に柚子の香りと麹の甘みがふわっと拡がってなんとも言えない優しい風味がする。天丼はもちろんこの店の最高峰である『海老4本』を食う。大海老4本が甘辛いタレにくぐらせてあり、ふわっとした衣が生ビールによくあうのだ。まずは味の濃い海老天だけで生ビールをグイグイやり、ご飯はあとで締めとして食う。
もんじゃ焼きは最近では月島が有名であるが、あそこはちょっと観光地化されている……というか、商業主義的なところがあって、考えつくありとあらゆる具材をもんじゃのトッピングに使用していて、ゴージャス感がありすぎる。要するにセレブなもんじゃだ。本来もんじゃというものは貧乏ったらしい喰いもんであり、元々は子供のおやつが発祥だ。本来の意味のもんじゃ焼きを食うなら絶対に浅草である。作り方も違う。よく世間で知られている作り方は、ありゃ月島流である。汁を器に残してまず具材だけをを炒めてドーナツ状に土手を作り、真ん中に残した汁を流して、しばらくしてかき混ぜて頃合いを見計らって食べる。最後の方には煎餅ができて、それがまた最大の楽しみでもある。浅草は違う。『穂里(浅草1-13-3)』では浅草流正統派のもんじゃが食べられる。老夫婦が営んでいる小さいお店で、初来店だと店のじいさんが講釈を煩いほど語りながら焼き方を懇切丁寧に指導してくれる。運ばれてきた具材自体には味が全くついていないので、テーブルにある何のひねりもない市販のウスターソースをスプーン5杯ほど入れる。よくかき混ぜて、汁ごとドバーッと一気に鉄板に広げる。土手は作らない。ドバーッと薄く広げて具材を横に寄せると、最初に大きなびろーんとした煎餅ができる。まずそいつを食べてから、具を食う。もんじゃは小さなヘラ(コテ)で食うが、これはすくって使うものではなく、ヘラの裏をもんじゃに押し付けて、ヘラにもんじゃをくっつけて食べる。これは月島流も同じ。瓶ビールをぐーっとやって、熱々のもんじゃをチマチマチマチマ食って、じいさんが隣のお客にもんじゃの説教をするのを聞きながら食うのがうまい。
夕方4時になると浅草キッドで有名な居酒屋『捕鯨船(浅草2-4-3)』が開くので、一番に入り込む。ウメ味と言われてもピンとこないウメ味のチューハイをたのみ、すでによく煮込まれているもつ煮を食う。間違っていけないのが、くじら屋だけどもつ煮は牛である。この店の鯨は絶品で、竜田揚げが美味いが次があるので店を出る。こういう人気店は長居してはいけない。常に次の客に譲る心が大切だ。
晩飯は牛鍋屋と決まっている。牛鍋屋であって断じてすき焼き屋ではない。ひさご通りの『米久本店(浅草2-17-10)』は明治時代からある牛鍋屋で、建物に風格があるばかりでなく、安くて美味い。玄関に入って人数を告げると、ドンドーンと玄関の大太鼓が鳴り、音の数で係に人数を知らせる。サシの入った見るからに高級そうな牛肉が十分な量出てきて、これで一人前3,000円くらいだ。東京風の濃い割り下を纏った牛肉を生卵につけると、これがまた燗酒に合う。
浅草には昨年まで蛇骨湯という黒湯の出る共同浴場があったが昨年閉店してしまった。残念に思っていたが、浅草にはもっと凄い黒湯が出るホテルがあることを発見する。『ドーミーイン 天然温泉 凌雲の湯 御宿野乃 浅草(浅草2-7-20)』である。ここの黒湯は、蛇骨湯より圧倒的に黒い。ほうじ茶とコーヒーくらい違う。しかも成分も高く(溶存成分1136mg、ナトリウム・マグネシウム-塩化物・炭酸水素塩泉)、24時間入ることができる。ドーミーインのお約束である夜鳴きそばを食べてこの日は終了とする。
翌朝4時か5時位になると目が覚める。誰もいない黒湯の大浴場でひとっ風呂浴びる。30分もすると腹が減ってしかたがない。喫茶店のモーニングにはまだ時間があるし、ゲートホテルのエッグベネディクトもいいなと迷うが、風呂上がりなのでやっぱり酒が呑みたい。とりあえず雷門あたりに行けば呑めるところがどこかあるだろうとプラプラしていると……、ありました24時間営業の中華料理屋さん『日高屋 浅草駅前店(浅草1-2-3)』。大声で仕事の不満をたらたらいう厚化粧のねえちゃん達が朝からハイボールをくらっている。こっちは温泉あがりなので、さっぱりとレモンチャーハイをいただく。さすがに24時間営業だけあってつまみが豊富であるが、定番の餃子と野菜炒めで朝刊を見出しだけなぞり、厚化粧のねーちゃんの愚痴を心の中でまあまあとなだめながら過ごす。
ホテルに戻り、しばし仮眠をとってから、浅草寺横の『君塚食堂(浅草2-3-26)』に行く。ここは朝9時からやっている。表でおばちゃんがおでん番をしてるので、3品ほど注文してから店に入る。東京のおでん種は名古屋にはないものが多い。見たこともないような種があるので一々おばちゃんに訊くが、返答もまたよくわからない聞いたことのない単語が返ってくる。場外馬券場が近いからだろうか、店内は泥棒削りの赤青鉛筆耳にかけた競馬以外に生きる気力のなさそうなおっさんたちの喧騒で溢れている。私はギャンブルには全く興味がないし動物が怖いので、冷ややかな心持ちで静かに樽酒とおでんをやる。
昼近くなると街は観光客が溢れかえり、仲見世は賑わいをみせる。雷門から少し南に下ったところに蕎麦屋『並木藪蕎麦(雷門2-11-9)』がある。ここは蕎麦通の聖地と言われているお店である。通ぶって座敷に上がり、焼海苔と燗酒を注文する。焼海苔は木箱の中に炭が仕込まれていて海苔がしけらないように工夫されている。海苔で酒を2合ほど呑んだら、締めに花巻(海苔の乗ったかけそば)をすすって店を出る。どんだけ海苔が好きなんだか。
雷門に戻り『神谷バー(浅草1-1-1)』で生ビールをチェイサーに電気ブランをやり、豚肉の塩漬けを食う。電気ブランはブランデーベースのカクテルみたいなもので、生ビールや黒ビールをチェイサーにするのが基本である。一杯だけ呑んでさっさと店を出る。六区の『洋食ヨシカミ(浅草1-41-4)』で、名物のビーフシチューを単品のみ注文して、赤ワインを愉しむ。ライスやパンをすすめられるが断る。
晩飯は泥鰌鍋。『駒形どぜう浅草本店(駒形1-7-12)』は、お昼から夜まで通しでやっている。お座敷にすわり、テーブルはなく炭を起こした鍋は畳の上の板に乗せられる。よく時代劇でテーブルとイスが登場するが、本来江戸時代は料理は座る高さと同じ高さに置かれていた。鍋に泥鰌が規則正しくビッシリ並べられていて、その上に葱をこれでもかといっぱいのせて食べる。燗酒もいいが、熱々の鍋に冷たい冷酒もまた良い。
ここまでくるとさすがに体の表面が酒のせいでヒリヒリしてくる。足取りもフラフラなので名残惜しいが浅草をあとにする。東京駅で生の崎陽軒のシウマイと品川の貝づくし弁当を買って、ビールを飲みながらな名古屋に帰る。
大黒屋天麩羅
大黒屋の東京べったら
捕鯨船のもつ煮
米久本店の牛鍋
君島食堂のおでん
神谷バー
ヨシカミのビーフシチュー
駒形どぜう
駒形どぜう葱のせ
品川貝づくし弁当
野乃の黒湯
崎陽軒シウマイ生
並木藪の焼海苔
カンパーニュサンド
エッグベネディクト
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