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『塩に味なんてあるのか?え?』

 よく塩にこだわっている飲食店を見かける。何種類もの塩を用意して味の違いを説明してくれたり、この料理にはこの塩が合うとか教えてくれたりする。先に言っておくがあれはバカバカしいの局地である。なんでかって?それじゃあ順番に説明していこうか。実を言うと私は日本塩ソムリエ協会認定塩ソムリエなのである。が、残念なことに今や協会自体が開店休業状態になっているようで、本当に全く困ったもんだ。

<塩は大きく分けて3種類ある。海塩、岩塩、湖塩>

 『海塩』は海水塩のことで、当然ながら海水から作られる。海には塩が含まれている。なぁ~んでか?40億年前に地球の気温が100℃を下回った。塩化水素が含まれる空気中の水蒸気が大量の酸性雨となり、地上の岩石や土に含まれるナトリウムやマグネシウムなどを溶かして海ができあがった。だから海はしょっぱいのである。

 海塩には『食塩』と『自然海塩』がある。食塩は最も一般的に使用されているもので、イオン交換膜透析法という簡単言えば高精度のフィルターにより、海水を抽出・濃縮し、真空蒸発缶により煮詰めて塩が作られる。よく化学塩と間違われるが、日本近海の海水やメキシコから輸入した海水天日塩を原料にして製造している立派な海塩である。

 自然海塩は、完全天日塩と平釜塩等があり、地方でよくお土産物で買う塩は大抵平釜塩である。完全天日塩は日本ではほとんど存在しない。なぜなら完全天日塩は太陽光と風だけで数ヶ月かけて結晶化させるもので、日本は湿気が多く塩を完全天日で作ることは困難だからだ。

 原料である海水の塩化ナトリウム比率は 77.9 %。食塩は99%以上で、自然海塩は90%を切るものもあるが、外国産の自然海塩の中には98%-99%というものもある。『食塩=塩化ナトリウム』というような言い方をする人がいるが、一概に食塩だけが塩化ナトリウム比率が高いとは言いきれない。

 『岩塩』は、大昔海だった場所が地殻変動などで陸地に閉じ込められ塩湖となり、その海水の水分が蒸発して次第に塩が結晶化し、その上に土砂が堆積してできた塩の層から採取される。結局のところこちらも元々は海水である。岩塩は総じて海塩より塩化ナトリウムの比率が高く、98%程度の高いものが多い。海水の成分のうち塩化ナトリウム以外の成分が何百万年から数億年の間に抜けていくためである。したがって、海水塩よりはやや辛く感じることがある。岩塩の中には硫黄の香り(硫化水素の香り)が強くするものもあるが、香りが強烈すぎるので用途が限定される。

 『湖塩』も昔、海だった場所が地殻の変動によって次第に陸に閉じこめられ、そのうちに水分が蒸発して水の中の塩分濃度が高くなった湖が塩湖。その濃い塩水をさら に蒸発させて塩分を結晶させ、湖塩がつくられる。やはりこちらも元々は海水である。また乾季に湖の水が自然に干上がり、塩の結晶があらわれる塩湖もある。塩化ナトリウム比率は岩塩に近く高い。湖塩はウユニ塩湖や死海の塩が有名である。

<塩の味ってなに?>

 さて塩の味についてであるが、海塩も岩塩も湖塩も元は海水なのでその成分の殆どは塩化ナトリウムである。岩塩や湖塩は海塩よりも塩化ナトリウム比率が比較的高いのと、岩塩は鉄分など金属を含んでいるものも多い。いずれにしろ、どんな塩も塩化ナトリウムの比率が90%程度以上あるので、主な味は塩化ナトリウムと決まっていて、他の微量なミネラル成分の味を判別できるわけはなく、すべての塩の味はただしょっぱいだけである。塩化ナトリウムの比率が低ければ多少まろやかさを感じるかもしれないが、はっきり判別できるかどうかは疑問である。また人間の味覚は香りによるところが大きく、硫化水素臭のある塩以外は無臭で香りで味を関連付けることもできない。つまり人間は塩の味を的確に感じ取ることはできないのである。

 そもそも、塩の味ってあるのだろうか?まず、塩が甘いという人がいるが、塩には甘味成分は含まれていない。塩化ナトリウム比率が低い海塩を甘く感じることはありえなくもないが、塩化ナトリウム比率が高い岩塩ですらしばしば甘く感じることがあるのは、実は塩の粒の大きさが関係しているのである。人間の舌は塩の粒が大きいほど甘く感じ、細かいほど辛く感じる。塩化ナトリウム比率より、塩の粒の大きさのほうが圧倒的に甘辛さを比較しやすいのである。

 時々旨味のある塩という表現が見られるが、海藻が入っている藻塩以外は塩に旨味成分はない。ただし、マグネシウムやカルシウムなど苦汁の多い海塩は旨味や丸みを感じることがあるが、それは塩辛さの刺激が少ないというだけである。また苦汁の多い塩は苦味を感じることがあるし、カリウムが多い塩は酸味を感じることもあるといわれるが、一般の人がその味を感じ取れるかは甚だ疑問である。

<危険な塩がある?>

 塩には安全な塩と安全でない塩がある。塩は病原菌の増殖が稀であり、食品の保存用に使われるので基本的には安全であるが、耐塩性の菌も存在するので衛生上避けたほうがよい塩がある。まず第一に、飲食店でよく見かける赤い塩。アンデスの塩やハワイの塩などである。赤い色は鉄分の錆が混入した泥であり衛生的とは言いがたい。また天日塩も安全ではない。天日塩は海洋汚染をそのまま持ち込むので細菌類が多いことがある。例えば、中国、韓国などで下水の汚染がある場所から採った海水の天日塩は注意が必要である。また、黒や赤などの斑点状の異物があるもの、マンガンや粘土を含んだ灰色っぽいもの、銅などの金属を含んだ青い色の岩塩も衛生的とは言えない。

 最も安全な塩は、塩事業センターの塩である。次に安全なのは、素性がはっきりしている国産塩で白いもの。国産であっても色がついていたり、不純物が混じっているもの、白色でも外国産は注意したほうが良い。

 最後に、健康のために塩でミネラルを摂ろうという人がいるがこれはとんでもなくナンセンスである。塩から塩化ナトリウム以外のマグネシウム、カルシウム、カリウム等を摂取しようと思ったら、物凄い量の塩を摂取しなければならない。ミネラルを得る前に塩分の摂り過ぎで死ぬだろう。

 結局のところ、塩は何種類あっても基本的に塩化ナトリウムの味であるが、飲食店で一度に大量に使用する場合(例えば寿司シャリ等)は、塩化ナトリウム比率により塩の量が大きく変わってくるので、塩の銘柄を変更する時は分量を試して十分に試作してみる必要がある。また、フランス料理などにおいては塩加減が味の決め手になるので少量でも注意しなければならない。一般家庭では特に気にすることはないので、粒の細かい塩と粗い塩を持っておけば充分である。私が推奨する塩は、伯方の塩(伯方塩業株式会社)が製造している『フルール・ド・セル(塩の花)』である。フレークっぽい大粒の塩で、カリッとした歯ごたえがある。粒が大きいのと塩化ナトリウム比率が96.3%なのでまろやかな味である。